「インドネシア人を採用したいけど、イスラム教でしょ? 対応が大変そうで…」外国人材の採用を検討している企業の担当者から、これまで何度この言葉を聞いたかわかりません。
日本人にとってイスラム教は馴染みが薄い。テレビに映る中東の映像──女性が全身を覆う服装、1日5回の礼拝、豚肉もアルコールもダメ──そのイメージがそのままインドネシアに当てはめられています。
しかし、インドネシアに実際に住んで、900名以上のインドネシア人と一緒に働いている日本人の目から見ると、その不安はほとんど的外れです。
この記事では、「インドネシアのイスラム教は中東とはまったく違う」という事実を、私自身の体験をもとにお伝えします。そして、受入企業が実際にどう対応すればいいのかを具体的に整理します。
そもそもインドネシアのイスラム教は、あなたがイメージしているものと違う
世界最大のムスリム人口、だが国教ではない
インドネシアの人口の約87%がイスラム教徒(ムスリム)です。約2億4,000万人。これは世界最大のムスリム人口です。しかし、ここが重要なのですが、イスラム教はインドネシアの国教ではありません。
インドネシアの建国五原則(パンチャシラ)では「唯一神への信仰」が定められていますが、その中にはイスラム教だけでなく、キリスト教、ヒンドゥー教、仏教、儒教も含まれています。バリ島は約90%がヒンドゥー教徒ですし、北スマトラやパプアにはキリスト教徒が多い。
つまり、インドネシアは「イスラム教の国」ではなく、「ムスリムが最も多い多宗教国家」です。この違いは決定的に重要です。
「中東のイスラム教」と「インドネシアのイスラム教」は別物
日本人がイメージする「イスラム教」は、中東──サウジアラビア、イラン、UAEなどの厳格なイスラム教です。女性は全身を覆うアバヤを着用し、酒類の販売は禁止、宗教警察が存在する国もある。インドネシアはまったく違います。
ジャカルタの街を歩けば、ヒジャブをつけていない女性は普通にいます。ミニスカートの若い女性もいます。コンビニでビールが買えます。豚肉を使ったレストランも営業しています。ラマダン(断食月)中も、ショッピングモールのフードコートは昼間から賑わっています。
インドネシアに住んでいると、日本で生活するのと大きく変わらない感覚です。もちろん宗教を大切にしている人はいますが、それは「個人の信仰」であり、周囲に強制する空気はほとんどありません。
受入企業の「3大不安」に正直に答える
受入企業から寄せられるイスラム教に関する不安は、大きく3つに集約されます。ひとつずつ、現場の実態をもとに回答します。
仕事中に礼拝するの? 生産性に影響しない?
日本で働いているインドネシア人の多くは、仕事中にほとんど礼拝をしません。
イスラム教では1日5回の礼拝が定められています。教科書的にはそうです。しかし、これは私たちの900名以上の送り出し実績から見た実感です。
インドネシア国内でも、厳格に毎日5回の礼拝をしている人は一部です。都市部の若い世代は特に、朝と夜だけ、あるいは金曜日だけという人が多い。日本に来ると、礼拝スペースの確保が難しいこともあり、さらにやらなくなる人がほとんどです。
ただし、重要なのは「やらない=信仰心がない」ではないということです。インドネシア人にとってイスラム教はアイデンティティの一部です。
- 礼拝スペースを「用意しなければならない」と構える必要はありません
- 本人から相談があった場合は柔軟に対応。休憩室の一角を使わせるなど大がかりな設備は不要
- 金曜日の昼に少し長めの休憩を希望する人がいる場合がありますが、個人差が大きいです
ラマダン中に断食して、仕事に支障が出ない?
断食をしないインドネシア人も結構います。する人でも影響は多くの場合限定的です。
ラマダンはイスラム暦に基づく約1か月間の断食月で、日の出から日没まで飲食を控えます。しかし、断食するかどうかは個人の選択であり、しない人が白い目で見られることもほとんどありません。
断食する人でも、日没後に食事(ブカプアサ)を取り、夜明け前にも食事(サフール)を取るため、栄養自体は摂取しています。慣れている人にとっては毎年のことなので、体力が大幅に落ちることは少ないです。
初めてのラマダンで体力が落ちる人もゼロではありません。特に肉体労働の現場では、午後に集中力が低下する可能性はあります。
- ラマダンの時期を事前に把握しておく(毎年約10日ずつ前にずれます)
- 断食するかどうかを本人に確認する。強制も禁止もしない
- 断食する人がいる場合、可能であれば午後の重労働を減らすなどの配慮をする
- 目の前で「お昼食べないの? 大丈夫?」としつこく聞かない。本人は慣れています
ヒジャブ着用で、作業に支障が出ない? 衛生面は?
日本に来て働いているインドネシア人女性の多くは、ヒジャブを外しています。
インドネシア国内でも、ヒジャブをつけるかどうかは完全に個人の自由です。ジャカルタの街を歩けば、つけている女性もつけていない女性もいます。日本に来ると、周囲に合わせて外す人がさらに増えます。
ただし、つけたいという人がいた場合、頭ごなしに「ダメ」と言うのは避けてください。
採用の観点から:求人を募集する際に「ヒジャブ着用OK」としたほうが、候補者は明らかに多く集まります。特に女性の採用を検討している企業は、より幅広い候補者プールから選ぶことができます。
- ヒジャブの着用に関する方針を事前に送出し機関と相談する
- 食品加工や製造業でキャップ着用が義務の場合は「キャップの下につけるなら構わない」など柔軟な対応を検討する
- 安全上の理由で着用が不可能な場合は、事前に本人に説明し理解を得る。ほとんどの場合、問題なく了承してもらえます
食事のこと──「ハラール対応」はどこまで必要か?
豚肉について
インドネシア人ムスリムの多くは豚肉を避けます──と言いたいところですが、実態はもう少し複雑です。
インドネシアではそもそも豚肉を食べる環境があまりありません。スーパーにも食堂にも、豚肉メニューがほとんどない。だから「食べたことがない」人が大半であり、「宗教的に強い意志で拒否している」わけではないケースが多い。
そして日本に来ると、面白いことが起きます。豚肉を食べてみたら「美味しい!」とハマるインドネシア人がたくさんいます。 豚骨ラーメン、とんかつ、焼肉──日本の豚肉料理の美味しさに感動して、すっかりファンになる人は珍しくありません。
もちろん、宗教的な理由で絶対に食べない人もいます。ここも完全に個人差です。
本人が食べないと言っている場合は絶対に尊重すること。「ちょっとくらい大丈夫でしょ」「日本にいるんだから」という圧力は、信頼関係を壊します。逆に、本人が自発的に食べている場合は、わざわざ指摘する必要もありません。
実務的な対応──「ハラール認証食品」より大切なこと
厳格なハラール認証食品を用意する必要は、多くの場合ありません。実際に日本で生活しているインドネシア人の多くは、以下のように対応しています。
- スーパーで鶏肉、魚、野菜を買って自炊する
- 豚肉が入っているメニューを避ける(成分表を確認する)
- インドネシア食材を扱うハラールショップで買い物をする(都市部にはかなり増えています)
受入企業がやるべきことは、「ハラール対応の社員食堂を作る」ことではありません。本人がどこまで気にしているかを確認し、自炊環境を整えてあげること──寮にキッチンがあること、近くにスーパーがあること──のほうが遥かに実用的です。
社員旅行や歓迎会で食事を手配する際は、「豚肉以外のメニューも選べる店にする」程度の配慮で十分です。
お酒の席について
「飲み会に参加できるの?」という質問もよく受けます。
イスラム教ではアルコールは禁止されていますが、お酒を飲むインドネシア人はかなりたくさんいます。インドネシア国内でもビールを飲む若者は普通にいますし、日本に来てからお酒を覚える人もいます。
飲まない人であっても、お酒の席自体に参加することを嫌がる人は少ないです。ソフトドリンクで参加して、普通に楽しく過ごす人がほとんどです。
注意すべきなのは、「飲め」と強制することだけです。これは日本人同士でもハラスメントですが、宗教的な背景がある外国人材に対しては特にNG。「飲まなくても全然OK」という空気を作るだけで十分です。
インドネシアのイスラム教で、本当に気をつけるべきこと
ここまで「心配しすぎなくて大丈夫」という話をしてきましたが、気をつけるべきポイントはあります。
宗教を軽視しない
インドネシアのムスリムは寛容ですが、それは「信仰が薄い」という意味ではありません。礼拝をしなくても、豚肉を食べても、自分はムスリムであるというアイデンティティは持っています。「イスラム教って意味あるの?」「神様なんていないでしょ?」──こうした発言は絶対に避けてください。日本人にとっては軽い冗談のつもりでも、信仰を否定された側は深く傷つきます。
「みんな同じ」と思わない
この記事で何度も「個人差が大きい」と書いているのは、それが最も重要なポイントだからです。同じインドネシア人でも、厳格にハラールを守る人もいれば、日本のラーメンを喜んで食べる人もいる。「インドネシア人だからこうだろう」と一括りにせず、一人ひとりに聞いてください。聞くこと自体は失礼ではありません。「食べられないものはある?」「困っていることはない?」──むしろ、聞いてもらえること自体が、大切にされていると感じられるものです。
左手のマナー
イスラム教の文化圏では、左手は「不浄の手」とされています。握手や物の受け渡しは右手で行うのが礼儀です。食事の場で左手を使うことに不快感を持つインドネシア人は一定数います。完全に左利きの人もいるので過度に気にする必要はありませんが、知識として持っておくと良いでしょう。
相手を人前で怒らない
これはイスラム教に限った話ではなく、インドネシアの文化全体に言えることですが、人前で怒られること、面子を潰されることは、日本人が考える以上に深刻なダメージを与えます。注意や指導が必要な場合は、必ず個別に、穏やかに行ってください。大勢の前で大声で叱責することは、信頼関係を一瞬で壊す行為です。
まとめ:不安の9割は「中東のイメージ」から来ている
インドネシア人材の採用にあたって「イスラム教だから大変そう」と感じている不安の9割は、中東のイスラム教のイメージがインドネシアにそのまま当てはめられていることから来ています。
そして最も大切なのは、「インドネシア人だからこうだろう」と決めつけず、一人ひとりに聞くことです。インドネシアのイスラム教は、多様性と寛容さの上に成り立っています。その「ゆるさ」は弱さではなく、2億7,000万人の多民族国家が共存してきた知恵です。
インドネシア人材の採用で「宗教が心配」という企業様へ
私たちJobJepang(PT Garuda Baswara Internasional)は、インドネシア在住の日本人が代表を務める、インドネシア専門の送出し機関です。「イスラム教の対応が不安で…」というご相談を、これまで何度も受けてきました。
候補者一人ひとりの宗教的な習慣(食事・礼拝・ラマダン)を事前に把握して受入企業にお伝えします。
インドネシア在住の日本人代表が、文化的な疑問にも直接答えます。
入国後の宗教的な配慮についても、一緒に考えてサポートします。
「まずは話を聞いてみたい」という段階でのご相談も歓迎します。
宗教の不安も含めて、お気軽にご相談ください。